1.持ち物−個人編1

 オーケストラの練習日です。でも手ぶらでは行けません。さてそれでは何を持って行けばよいのでしょうか? 存外、気がつきにくいものもあります。皆さん、だいじょうぶですか?


◇エンピツ(Bまたは2B)
 練習中の指揮者やトレーナーの指示、またはパートリーダーにいわれたこと、さらには自分自身で気付いたことなどを、その都度覚え書きとしてどんどん楽譜上に書き込まねばなりません。それも、はなはだ安定性に欠ける譜面台の上で、しかも迅速にです。そこでオーケストラ・プレイヤーは、簡略化した記号を用いるとともに、柔らかくて色の濃いエンピツを用いて書き込みをします。エンピツの芯の濃さは、だいたいBか2Bくらいが使いやすいようです。
 ときどきシャープペンシルを使っている人を見かけますが、これは絶対にやめてください。だいたい、芯が細くて書きにくいし読みづらいし、それに時には、譜面に芯を突き立てて穴をあけてしまうこともあるのですから。また色エンピツやサインペンもご法度(はっと)です。修正のために消そうとしても、なかなか消えないからです。
 いま修正の話になりましたが、当然エンピツとセットで消しゴムも必要です。巷(ちまた)には消しゴム付きのエンピツもありますが、やはり別に準備しておく方が無難でしょう。消しゴム付きエンピツは、あくまでも非常用と認識すべきです。
 エンピツなどを譜面台上に置き、譜めくりの際などに、大きな音を立ててエンピツを床に落下させる趣味のあるひとがいます。でもこれはやめてください。クリップとか、ヒモを付けるとかくふうをし、普段は邪魔にならないようにした上で、譜面台に置いておいてください。


◇メトロノーム
 音楽のテンポを知るためにはメトロノームが必要です。しかし、ほんとうにメトロノームがあってよかったなあと思うのは、個人でさらっているときでしょう。何といってもメトロノームは、殺してやりたくなるくらいイン・テンポです。躊躇(ちゅうちょ)もなければあせりもせず、果ては、ブレスさえも拒むほどの正確さ(!)です。音楽家たちは、これを称して「メトロノーム・イン・テンポ」といい、音楽的なイン・テンポと確実に一線を画してはいますが、でもそんな音楽家たちも、いざ「さらう」という段には、メトロノーム・インテンポを礼賛し、そしてお世話になっているのです。


◇音叉(おんさ)(A=440Hzか442Hzのもの)
 あらかじめいっておきますが、チューナーではありません。例えばあなたが、資金に余裕がある場合にはチューナーも買うとよいでしょう。でも、チューナーを購入したひとも、必ず「音叉」を持っていてください。
 さて、音叉にしろチューナーにしろ、ピッチ(音高)を合わせるための道具であることには、まったく変わりはありません。
 しかし音叉が表示の1音のピッチのための道具であるのに比べ、製品によって機能に差はありますが、チューナーはおおむね12音すべてのピッチを合わす機能が備わっています。またチューナーは、メーターを見てどれだけの誤差があるのかも把握できます。そうです、チューナーはとても便利なのです。がしかし、オーケストラ・プレイヤーには音叉が必要なのです。
 そのわけは、ピッチを合わせるのに耳を使うようになるからなのです。そもそもピッチは、決して目で合わせるものではありません。今までチューニングのとき、ひそかにチューナーを使って目で合わせていた人は、この際、深く反省をしてください。
 ところで、チューナーも音を出す、といいたい人がいるでしょう。でもあれは電子音です。チューニングには、音叉のような純音(基音=1倍音のみの音)がよいのです。では、チューナーで純音が出せればそれでよいのかというと、これにもまたクレームがつきます。そのわけは、チューナーの出す音は持続音だからなのです。音叉のような減衰音を聴きながらピッチを合わせるところに、耳の訓練の可能性があるのです。
 A=440Hzの音叉で442Hzのチューニングができないと考えているあなた、物理の勉強が足りません。「うなり」について勉強しなおしてください。とにかく音叉がいちばんです。チューナーはチューナーで別の使い途があるのです。
 値段もやすく、電池切れもなく、壊れもしない音叉は、結局のところ、いちばん原始的でいちばん進歩的な道具なのです。


◇テープレコーダー
 例えば会議録音用の(音楽用の高級品ではなくの意)いちばん安価なテープレコーダー(マイクとスピーカーを内蔵したもの、モノラルで充分)を持っていると便利です。それは、例えばリハーサルのときなど、聞きもらしたり書き留める時間がなかったりしたことがらを、復活させることができるからなのです。また個人練習やセクション練習においても、たったいま演奏した音を直後に聴くことにより、いろいろなチェックができます。毎回の練習において、常に携行すべきものとまではいえませんが、思いがけず重宝することがしばしばあることも、また事実です。


◇エチュード(練習曲集)
 エチュードとは、個人レッスンのときだけに必要な楽譜と思いこんでいる人は、少々考え方を改めるべきでしょう。各自楽器を取り出してから、30分程度は音出しをするでしょうが、そのときにエチュードを効果的に使うことができます。各自、自分のエチュードと相談してくふうしてください。


◇スコア
 作曲家は、ごく数少ない例外を除いて、総譜(スコア)の形で作品を仕上げます。決してパート譜を作曲するわけではありません。作曲家にとって作品とは、スコアそのものなのです。ですから結局のところパート譜は、完成したスコアからつくられた副産物にすぎないのです。
 さてスコアを「1匹の魚」に例えるのならば、さしずめパート譜は「切り身」でしょう。ですから、包丁さばきの悪い調理人がさばいた切り身に問題があるように、パート譜にもしばしば問題が生じます。こんなとき例えば、パート譜を穴があくほど眺めてはみても、何の解決にもなりません。原点である作品、つまりスコアに答を求めるほかはないのです。また楽曲を勉強するときも、まずスコアで勉強してからパート譜を勉強する方が、良い結果が得られるのです。
 ただしスコアの出版種類による信頼度については、いろいろと難しい問題があるので、スコアの選定に際しては、指導者の先生に相談するのがよいでしょう。


◇パート譜
 これを練習に持ってくるのを忘れたら、さしずめ10日間の謹慎処分です。


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