4.おべんきょう
オーケストラ・プレイヤーは、楽器に触れる以外にもする事がいっぱいあります。そのひとつに「おべんきょう(お勉強)」があります。お勉強とは、あるいは楽器のお勉強であったり、あるいは音楽のお勉強であったりするのですが、ここでは、作品のお勉強を中心にお話をします。
◇アナリーゼ(楽曲分析)
これは、スコアを使ったお勉強です。
まず最初に取り組まなければならないのは、「楽曲構造の分析」です。これにはほんらい楽式論の知識が必要なのですが、まあオーケストラ・プレイヤーとしては、大ざっぱな楽式教養があれば必要最低限の理解はできるでしょう。大ざっぱな楽式教養とは、ソナタ形式、ロンド形式、複合三部形式、変奏曲形式などなど、各形式の名前とその特徴等がいえる程度のことを指します。
簡単な方法としては、数小節単位のまとまりある小グループを作り、それをいくつか集めて中グループを作り、更に大グループを作るのがあります。例えばソナタ形式であるならば、それを主題提示部と再現部について、並行して行うと効果的です。
次に和音を調べて「調性の分析」と「和声構造の分析」をします。ただし調性に関しては、豊かな音楽的感性を要しますので、最初のうちはデスクワークだけでは解決不能でしょう。だから和音を調べたときに、その和音をメロディーとともに別の五線紙に書き出して、ピアノで弾いてみて判断し、同時に感性を磨くとよいのです。
最後に「テンポ・リズム構造の分析」と「拍性の分析」をします。
まず、楽曲全体のテンポ設計を調べます。曲によっては、同じテーマでもテンポ設定が違う場合があります。何なら、テンポ設計のグラフを書いてもかまいません。
次にリズム構成を調べます。これには、テーマを特徴づけているリズム形はいったい何か、という問題のほかに、楽曲の流れを支配しているリズムは何か、という問題があります。前者は何度もソルフェージュすると見つけやすいですし、後者はいちばん細かい動きをしているところに目星をつけると見つけやすいでしょう。
最後に拍性を調べます。例えば4分の4拍子の曲だからといって、常に拍性が4拍に支配されているわけではなく、ときには2拍であったり8拍であったりします。そもそも指揮者は、拍性を把握した上でそれに沿って振っているのです。プレイヤーに取っても、拍性を把握して演奏するときはじめて、音楽的に生命感あふれる演奏ができるのです。
知ってました?、2分音符=60(in 2)と4分音符=120
(in 4)は、物理的には同じテンポでも、音楽的には違うのですよ(これは理論ではなく感覚の話で、実際に演奏したり聴いたりすれば、2分音符(in
2)の方がほんの少し速いテンポに聞こえる)。
なおアナリーゼに関しても各種参考書がありますが、オーケストラ・プレイヤーにとっては、全音出版のベートーヴェン交響曲のスコアにある、諸井三郎の解説を読んで勉強するのもよい方法だといえるでしょう。
◇背景について
やや文学的な香(かおり)のするお勉強です。
いろいろな文献やCDにくまなくあたり、その作品の「作曲の経緯」や、その作曲家の「他の作品」、更には作曲家の「生涯」、そしてその作曲家の活躍した「時代背景」を調べていきます。この作業により、作品に対しても奥の深いイメージがふくらみ、思いがけず、楽譜には書き表せなかった作曲家の意図が読み取れる場合があります。こんなとき、プレイヤーは至福の喜びを感じるのです。
これらを城攻めに例えるならば、アナリーゼは本丸攻撃、背景調査は外堀攻略にあたるでしょう。
◇解釈の問題
以上を踏まえた上で、いちばんやっかいな「解釈」に取りかかります。はっきりいって、センス(音楽的感性)がものをいう場面です。演奏解釈法という、ほとんど教育不能な学問分野もありますが、いちばん近道は、やはり自分の感性を磨くことでしょう。
まあ、常に音楽の方向を考えながら楽譜に接するのも手ですが、このほか指揮者の視点で楽譜を見つめるのもよい方法です。ただし指揮者の視点になるときに、決してオーディオ指揮者にはならないでください(ほとんどのアマ・オケに必ずひとり、オーディオ・セットに向かい陶酔しきって手を振る、オーディオ指揮者がいます。彼らはいいます、「俺は今までに、カラヤン指揮ベルリン・フィルを指揮したことがある」と)。
◇譜読み
これはパート譜を使う作業ですが、その前に、パート譜とスコアを隅々まで照合しておいてください。相違点があったなら、その都度各自の全知識を動員して判断したり、判断がつきかねるときには指揮者の先生の助言を仰いだりして、統一します。
楽器に触れる前に、楽譜(パート譜)とじっくり接してください。この時間の多少が、最終的に個人差として出てきます。
まず音のない状態で、最初から最後まで音符を読んで(ソルフェージュして)ください。音程が怪しいところは、リズムソルフェージュだけでかまいません。このとき自分のパートが全体の中で、「旋律」を担当しているのか、「対旋律」を担当しているのか、「ハーモニー」を担当しているのか、「リズム」を担当しているのか、「バス」を担当しているのかを、把握してください。次に最低一度、その作品の音楽ソフトを聴きながら、パート譜を頭から終わりまでみます。
さてパート譜とは、「音楽作品」という風景を眺める窓のようなものです。どうです、パート譜だけを眺めてその作品の音を聴いたとき、音楽世界がありありと見えてきましたか。難しいパッセージや長い休符のときに、見失いそうになりませんでしたか。
パート譜だけで音楽に接したときに、ともすれば見失いがちになりやすいことなどを分析し、あらかじめ自分なりの注意書きをパート譜にしておくのも、重要なお勉強の方法です。これが、いわゆる「自分のパート譜を作る作業」なのです。またキーボードなどで自分のパートを演奏録音し、「練習用テープ」を作って耳から入るのも、邪道ではありますが極めて有効な手段です(ただしある程度読譜力がついてきたら、この方法にばかりに頼らないこと)。
楽曲のお勉強は、個人旅行のプランニングみたいなものです。例えば、訪れる街の全体像を把握した上で個人選択したいくつかの名所旧跡を訪ねる方が、旅行の興味がいっそう増すように、楽曲についても理解が深ければ深いほど、パート譜に基づく演奏も、より内容の濃いものになるのです。
オーケストラの演奏を、パックツアーに参加したときのように、パート譜だけ眺めていわれたことだけをするのもいいけれど、何か面白味に欠けるような気がしませんか。
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