2.公演におけるスタッフについて
オーケストラ(以下オケ)の公演というものは、演奏者だけでは決して成り立たない。演奏者(楽員)以外のいろいろなスタッフが、有機的かつ緻密に機能してはじめて、毅然とした姿勢に貫かれた公演となるのである(考え方をかえれば、公演とは出演者、観客および公演スタッフの、3者で成り立っているともいえるのである)。
特にアマチュアオーケストラ(アマオケ)においては、原則としてオケのメンバーは楽員のみで構成されているために、ともすれば公演スタッフの存在をおろそかにしやすく、注意が必要なのである。また、たとえ公演スタッフの必要性を認識しているオケであっても、現実的には、オケのメンバーをその要員として割くことが困難なため他の団体などに委託することが多く、その結果、不充分な結果を招いてしまうのである。
さて公演スタッフとは、観客と出演者のための環境を整備充実するスタッフなのである。つまり観客にとっては、公演が滞りなく気持ちよく進行するためのマネージメントをし、演奏者にとっては、不必要なストレスを極力排除して演奏に専念できる環境を作るマネージメントをするのが、公演スタッフの仕事の総てなのである。
本稿では、演奏者(楽員)以外の公演スタッフについて詳細に述べることとする。
公演スタッフには、大別して次の3つがある。
a)ステージスタッフ
b)フロント(ロビー)スタッフ
c)楽屋スタッフ
まず a)ステージスタッフ は、公演の主体を円滑に進行させるスタッフで、その主な活動エリアは、ステージ上およびステージ袖(そで)である。また活動時間は、楽器搬入から搬出までの、公演会場を使用する総ての時間にまで及ぶのである。
次に b)フロント(ロビー)スタッフ は、観客の前に出る唯一のスタッフで、その主な活動エリアは、会場ロビーと観客席である(会場によってはエントランスやホワイエも守備範囲となる)。活動時間は、開場のための準備にはじまって終演後の後かたずけまでとなる。
最後の c)楽屋スタッフ は、文字どおり楽屋がその主な活動エリアとなる。活動時間は、出演者の楽屋入り少し前から出演者退出後の後かたずけまでとなる。
楽団全体が、企画した公演に向けての音楽活動に入る前(またはリハーサル活動のごく初期の間)に、必ず設定しておかなければならない初期条件について述べることとする。
ステージスタッフは、出演者がオン状態(本番に向けての臨戦態勢)のときに接するなど、緊張感の高い場面をマネージメントするスタッフである。ステージスタッフの小さなミスが楽員の大きなストレスとなり、演奏に悪影響を及ぼすこともあるので、細心の注意が必要である。
◇搬入・搬出
公演当日の楽器・器材搬入にかかわる仕事は、運搬担当者が大道具搬入口に楽器車を横付けしたときからはじまる。楽器等器財を荷台から降ろし、荷を解くことがその主な仕事である。終演後の搬出にかかわる仕事は、搬出口に雑然と置かれた器財を、パッキングした上で運搬車に積み込むことである。
アマオケの場合、一般的に搬出・搬入要員は、男性若手団員が全力をあげてその任にあたることが多い。
◇仕込み・ばらし
ステージ上にひな段を組み、椅子や楽器・譜面台などを並べて、いつでもリハーサルがはじめられるようにセットアップすることを「仕込み」という。またその逆に、終演後、公演会場をもとどおりにすることを「ばらし」という。
仕込みには必ずひとり、現場監督が必要である。それは、必要な椅子の数、必要な譜面台の数、必要な楽器の種類、そしてそれらの並べ方などを、充分把握した担当者がいないと仕込み作業が滞るからである。
この仕込み作業の監督には、一般的にアマオケではステージマネージャー(ステマネ)もしくはインスペクター(インペク)があたることが多い。その理由は、彼らがシートプラン(ステージ上での座席配置の計画)を把握している、数少ないスタッフだからである。
ばらしは、責任感のあるチーフ(安全管理ができ、ある程度の人望のある者)が中心になっておこなう。
以上、仕込みとばらしは搬入・搬出と一連の作業となるので、その要員もほぼ同じく男性若手団員が務める、というパターンがアマオケの場合多い。なお要員数はせいぜい10名前後、多くとも15名ほどといったところだろう。多すぎると邪魔なのである。
アマオケによっては団員全員(女性も含む)で仕込みを行っている例もあるが、これらはたいてい人余りをきたし、その結果、所在なさげに雑然とたむろしている人垣がいくつも見られ、そのじつ肝心の仕込みの作業はというと効率が悪く、かえって時間がかかってしまっている場合が多いのである。
なお、上記の搬出・搬入、仕込み・ばらしの要員は、公演スタッフの中で唯一、楽員が兼務することのできる仕事である。
◇打ち合わせ
ステージスタッフの責任者(ステマネ)は主催者の意向をもとに、公演の最高最終責任者である指揮者と公演の進行に関する打ち合わせをして、最終的な主催者側のプランを決めなければならない。またそれを、ホールスタッフ(会場の舞台職員、または会場が委託契約している業者スタッフ)に伝達するための打ち合わせをしなければならない。このとき、主催者側プランがホール側の事情で受け入れられない場合には、指揮者とホールスタッフの間を何度も往復して、調整をしなければならないのである。
なお、打ち合わせ事項の主なものは、以下のとおりである。
◇ゲネプロ(ゲネラルプローベ=ステージリハーサル)
ステージスタッフはゲネプロの間に、本番に向けての準備をしなければならない。
ここでいちばん重要なことは、それぞれの演奏曲別に指揮台や譜面台をバミる(ステージ上に譜面台の位置などをマークする)ことである。例えば指揮台の角や譜面台の足、1プルト目の椅子やピアノの足などの位置を、俗に「バミりテープ」と称されている布製のガムテープやビニールテープをステージ上に貼ることにより(必要に応じ、油性ペンなどで何のマークかをテープ上に書くこともある)、最終的な決定位置をマークしていくのである。これによりセットチェンジを、確実かつすみやかにとりおこなうことができるのである。
さてゲネプロの時間はむろん演奏者のためにあるのだから、この間ステージスタッフは、ゲネプロが効率よく進行するためのマネージメントをしなければならない。またそれと同時に、演奏者の雑用係にも徹しなければならないのである。つまり、常にゲネプロの進行の少し先を想像し予想をし、先回りをして必要な物品の準備をしておくことなのである。そして最大限、出演者のわがままを実現してあげることなのである。
◇最終確認(ゲネプロ終了から開場まで)
まず、ゲネプロ終了後の楽員ミーティングにおいて、必要に応じステージスタッフから楽員への最終伝達をおこなう。
さてミーティング終了後、開場直前までのステージ上は、楽員が自由に楽器をさらうことのできるスペースとなる(ピアノ協奏曲などがプログラムにある場合には、ピアノ調律のため時間となり、楽員の音出しは厳禁となる)。この間にステージスタッフは、プログラム第1曲目のセットアップを、改めてすることになる。要するに、プログラム第1曲目に必要な譜面台・椅子・楽器の数および位置を、再確認することなのである。そしてこのとき注意しなければならないのは、ゲネプロで指揮者が使ったバス椅子が指揮台の上に置き去りにされていないか、という点なのである。意外とエラーをきたしやすい点なので、注意が必要である。
次に開場予定時刻1〜数分前に、ステージ上でさらっている楽員に退場を命じ、その上での最終チェックで問題がなかった場合には、ステージスタッフは、フロント(ロビー)マネージャーと楽屋マネージャーのチーフに、開場の合図を出すことになるのである。
◇本番(開場から終演まで)
開場の指示を出し開場したらそれ以降開演まで、更には途中の休憩の間、出演者に対して「進行状況の報告」をすることになる。そしてこのとき「楽員へのスタンバイ合図」も並行して行うとよい。方法としては、楽屋モニタースピーカーを通して行うか、楽屋廊下で(肉声で)伝えることになる。報告内容は「開場いたしました」「開演15分前です」「開演10分前、1ベル5分前です」「まもなく1ベルです。出演者は舞台袖に集合してください」「1ベルが入りました」「まもなく開演いたします」および「休憩残りあと10分です」「まもなく1ベルです。出演者は舞台袖に集合してください」「1ベルが入りました」「まもなく再開いたします」など。なおこれらの報告および指示は、注意していれば聞こえる程度の小音量で行うことが肝要であり、決して(本番に向けてコンセントレーションを高めている)出演者の集中力を乱すようなアナウンスをしてはいけないのである。またこれらの報告および指示は、ステージスタッフの指示のもと、楽屋スタッフがとりおこなってもよい。
さて「開場いたしました」「開演10分前、1ベル5分前です」の報告は、指揮者にも(第1曲目が協奏曲の場合にはソリストに対しても)個別にしなければならない。ステージスタッフの指示のもと直接担当するのは、ステージマネージャー助手か楽屋スタッフの付き人だろう。特に「開演10分前、1ベル5分前です」報告の折には、着替えなど「指揮者スタンバイの確認」をし、その上で「スコアセッティング」のため、指揮者からスコアを預かるのである。なおこのスコアは、1ベル前後にステージスタッフが指揮者用譜面台にセットすることになる。
さて種々の理由から、開演時間を押す(遅らせる)ことがありうる。例えば出演者の準備が遅れているとか、開演間際の客足(きゃくあし=後述)が途絶えていないとか、その理由はさまざまである。このとき、1ベル前ならば「5分(最大でも10分まで)押し」、1ベル後ならば「2分(最大でも3〜4分まで)押し」などと、開演押しの決定を出演者や各スタッフに通告することになる。そしてその上で「1ベル(予ベル)合図」を出し、更には、出演者(指揮者・ソリストを含む第1曲目の出演者)総てが舞台袖に待機していることを確認した上で「本ベル(2ベル)合図」を出すことになる。
本ベル後ライティングの指示を終えたら、楽員に対し「舞台上下(上手と下手)袖からのオンステージ合図」を出す。演出効果としては、なるべく上下同時に入場をはじめ、上下同時に入場を終えるのが好ましい(上手側の方が大型楽器が多いため、どうしても入場し終わるまでの所要時間がかかりやすい。またコントラバス奏者は、バス椅子に腰を降ろしてから楽器をかまえるまで、更に時間がかかることになる)。
さて、全楽員がステージ上で所定の位置に落ちついたら「コンマスの入場」である(楽員と同時にコンマスが入場している場合や、開場の時点で楽員が板付いている場合を除く)。コンマスに入場の指示を出し、コンマスがステージ上を歩きはじめたら、必要に応じて「拍手の先導」をする。つまり舞台袖から拍手をし、観客の拍手を促すわけなのだが、あまり派手にやりすぎると一部の観客の反感を買うので、あくまでも節度を守ることが肝要である。なお拍手の先導は、指揮者やソリストの入場に際しても同様である。
コンマスが入場しチューニングを終え、客席のざわめきが潮が引くようにおさまって、会場全体が水をうったように静かになったら、「指揮者やソリストの入場」となる。実は、このタイミングがいちばん難しいのである。チューニングの音がおさまって静寂がおとずれると、それから徐々に会場の緊張感および期待感が高まってくる。そしてそれが今まさに頂点に達したときに、指揮者・ソリストの入場を迎えるのが、理想的なパターンなのである。しかし、この会場の緊張感および期待感は、徐々に高まり続けて頂点に到達したあとは、急速に冷えてくるという特徴がある。入場のキュー(合図= Cue)を早く出しすぎると、会場の空気は熟していないし、ほんの少しでも遅すぎると、完全にハズシてしまうのである。この頂点を見極めるという作業は、ほんとうに難しいのである。
さて第2曲目が協奏曲などの場合には、第1曲目の演奏が終わりに近づいたときに「ソリストのスタンバイ」を指示しなければならない。このタイミングもなかなか難しいものがある。まず第1曲目の演奏終了から第2曲目の開始までの所要時間(セットチェンジを含む)を計算し、更にスタンバイ指示を出してからその曲(第1曲)が終わるまでの時間を計算し、この両者を足した時間がソリストにとって、いちばん心地よいものとなる必要があるのである。しかしここで問題となるのは、この両者を足した心地よい時間というものはソリストによって個人差があるのだが、その個人差があまりにも大きいということなのである。ソリストによっては、第1曲目の途中から舞台袖に待機していたいという方もいるし、なかには、楽屋から舞台袖に移動した歩調を止めずにそのままステージに進みたい(つまり第2曲目の演奏寸前)という方もいるのである。標準的に考えるならば、第1曲目の最後数小節になった頃に、ソリストが舞台袖に現れるようにするパターンを想定するのがよい。しかし、いずれにしてもこの件に関しては、あらかじめソリストに確かめておくのが無難だろう。例えば「いつ頃スタンバイのお知らせを致しましょうか」など。
演奏曲目がかわるたびに「セットチェンジ」をしなければならない。はっきり言ってセットチェンジとは、楽員にとっても観客にとっても余分な時間である。だから所要時間は最小限にとどめなければならない。そもそも、そのためにゲネプロでバミっているのである。楽員や観客の注目のなか、とりおこなうセットチェンジは、迅速かつ完璧でなければならないのである。
各曲演奏終了直後または公演終了直後には「もどし(戻し)」の作業がある。戻しとは、スコアや花束、ハンカチ、スペアの指揮棒などを、指揮者やソリストに返すことを指す。特に公演終了直後はバラしと同時になり、取り紛れやすいので注意する必要がある。
◇ライティング
オケの公演は、紛れもなくコンサートであり決してショーではないのだから、そのライティングはというと複雑なわけでも厳格なわけでもなく、更には中心的な演出技法でもないといえるのである。しかし、あくまでもわき役の演出技法だからこそ、効果的に行うと大きな意味がでてくるともいえるのである。
オケの公演におけるライティングは、夜間の室内照明と同様の単なる明かり取りと、控えめな演出手段という2つの基本機能のほか、副次的ながら観客への予告手段としての側面を持つ。例えば、ステージ明かり(照明)が燦然(さんぜん)と輝くと、観客はまもなく開演であることを知るのである。この予告手段になり得るという機能を、効果的に使うとよい。
ライティング運用の上での注意としては、原則として明かりが残る方向で運用するということが挙げられる。例えば舞台と客席の照明を、一方は明るく一方は暗くするときには、ほぼ同時であることを念頭に置きつつも明るくする方を優先するのである。とにかく会場全体が、一瞬であれ暗黒になることを避けるのである。
さて、ライティングのパターンは幾通りも考えられるが、以下に、代表的な例を解説しながら述べることとする。
- 開場:舞台0%&客席 100% 開場した時点で客席がフル照明なのは当然だが、舞台照明に関してはあらゆるパターンが考えられる。舞台が客席同様フル照明でもかまわないのである。ここに示した舞台暗転のパターンは、緞帳(どんちょう)と同様の効果をもたらす。つまり観客に、ホールは観客のためだけの空間と認識させ、観客に不必要な緊張感をいだかせないという利点がある。
- 本ベル:舞台 100%→客席50% この時点の照明プランにも多様性があるが、ここに示した照明パターンにおけるポイントは2つある。第1点目は、チューニングをフル照明のもとで行うということである。照明の強さにより、舞台上の気温は大きく変化する。プロオケならば、照明が変わっても臨機応変にチューニングの微調整をするが、アマオケの場合には、本番同様の照明の中でチューニングするのが無難なのである。第2点目は、客席を暗転にしていないことである。この理由は、次に述べる。
- チューニング終了:(舞台 100%)客席F.O.0% ここでとられている方法は、チューニングが終了してホールに静寂が訪れると、客電(客席照明)を徐々に暗転する(F.O.=Fade Out)パターンである。この方法を用いると、フェイドアウトするにしたがって客席のざわめきも静まるのである。これは、ライティングの予告効果の最たるものである。例えばクラシックコンサートに不慣れな観客にとっては、無意識の内に鑑賞する姿勢に入ることができる、極めて自然な方法だともいうことができる。
- セットチェンジ開始:客席50%→舞台50% これは「セットチェンジは見られてもかまわないが、大っぴらに見せるものではない」との考えに裏付けられている(舞台50%にダウン)。更には「セットチェンジの間は舞台に注目せず、パンフレット(プログラム)でも読んでいてください」との考えにも裏付けられている(客席50%にアップ)。
- セットチェンジ終了:舞台 100%→客席50% ここは2.と同様。
- チューニング終了:(舞台 100%)客席F.O.0% ここは3.と同様。
- 休憩:客席 100%→舞台0% ここは1.と同様。
- 本ベル:舞台 100%→客席50% ここは2.と同様。
- チューニング終了:(舞台 100%)客席F.O.0% ここは3.と同様。
- カーテンコールの終盤:(舞台 100%)客席F.I. 100% カーテンコールのラスト1(ワン)を指揮者が告げたり、ステマネがラスト1と判断したときの有効な方法。指揮者がラスト1のオンステージをしはじめたときに客席照明をフェイドイン(F.I.= Fade In)するのだが、これにより観客は現実世界に還(かえ)って来るのである。そして同時に、無意識の内に最後のカーテンコールであることを、観客は知るのである。
- 終演:舞台0%&客席 100% ここは@と同様。
◇ステージマネージャー(ステマネ)
ステマネは、ステージスタッフの最高責任者であるとともに、裏方(公演スタッフ)全般の最高責任者でもある。主に公演の進行と演出を担当するのだが、ステマネは出演者の状況と観客の流れを常に把握した上で、臨機応変に適切な指示を瞬時に出さなければならないのである。そのためには、前もってモデルプランを想定し、更にそれの考えられる総てのヴァリエイションを洗い出した上で、シミュレーションしておくとよいのである。
ステマネは原則として公演当日、小屋(演奏会場)に入ったときから退館するまで、常に舞台(下手)袖から動かないでいることである。公演当日には、予期せぬ問題が生じやすく、その都度ステマネに問題が持ち込まれてくる。また、それ以外の雑用やクレームも集中する。そしてステマネは、これらの問題の総てを受けとめなければならないのである。それは、ステマネは裏方(出演者や観客への助力に徹する役目)の最高責任者だからなのである。しかし、出演者がクレームをステマネに持ち込んできたとき、ステマネが所定の場所にはおらず、所在も明かではなかったならば、この出演者はクレームで抱いたストレスをうわまわるストレスを抱え込むことになるのである。裏方は、決して(出演者にストレスを抱かせるなど)演奏にマイナスになるような要因を与えてはいけないのである。そのためにもステマネは、出演者やスタッフに定位置(ステージ袖)を明らかにし、たとえ短時間でも持ち場を離れるときには、助手を代わりに立てておく必要があるのである。またその助手とは、いつ何時(なんどき)でもただちに連絡が取れるような態勢を作っておかなければならないのである。
さて今も述べたように、ステマネには助手(ときに「坊や」と称する)が必要である。常識的に考えると、助手は2名くらいが何かと便利である。そしてこのとき、助手のうちの1名を舞台上手袖に配しておき、ステマネ指令をインカムなどを通して、上手袖にスタンバっている出演者に伝えたりするのである。また、常にステマネのそばにいる(下手袖が定位置の)もうひとりの助手は、必要に応じて伝令として会場中を走り回るのがその主な仕事となるのである。
さてステマネはこのほかにも、公演にかかわっている業者などを統括しなければならない。対象となるのは、録音スタッフや写真撮影業者、ビデオ業者などである。これらの業者が会場入りをした時点で、必ず責任者として打ち合わせをしておく必要がある。もっとも、常識的な範囲内においては各業者に総て委せるという形でよいのだが、もしもゲネプロや本番の途中で、トラブったりトラブルが予想されたりしたときには、ステマネは業者に対し適切な注意をしなければならないし、最悪の事態に際しては、業者に対して退去を命ずることもあり得るのである。
なおステマネおよびその助手(ステージスタッフ)は、公演中(セットチェンジなどで)ステージ上に出ることも多いので、ジャケットを着用するなど、服装には気を配ることが必要である。また、演奏中に舞台裏を移動する必要があるところから、使用する靴も足音がしにくいものにするなどの配慮が必要なのである。
◇事前の準備
ステージスタッフは事前に、公演当日の詳細な進行マニュアル(ライティングプランが中心)を作成しておく必要がある。作成部数は3〜10部程度。さて公演当日の指揮者や会場スタッフとの打ち合わせにおいては、この進行マニュアルを原案として打ち合わせを進めていくことになるのだが、最終的にはその場で変更する可能性もでてくるので、変更事項の書き込みができる程度の余白を持つ印刷物にしておかなければならないのである。
このほかにも、曲別のシート表(舞台配置平面図)の作成や、各器材の必要数の洗い出し(パイプ椅子やバス椅子の必要台数、ピアノ椅子の種類と必要台数、譜面台数など)等をしておかなければならないのである。
フロントスタッフは、唯一、観客と直接対面する公演スタッフである。だからフロントスタッフをひとくちで表現するならば、それは「観客のサービス係」といえるのである。
なおアマオケの場合には、楽団代表者も楽員としてステージに登っていて公演中の代表活動ができないことが多いだろうから、フロントスタッフがその肩代わりをして代表活動をする場面が生じてくることも考えられる。
◇準備
フロントスタッフは開場以前(できればゲネプロの途中)にロビーなどで、準備作業をしなければならない。主な準備作業としては、各種受付カウンターの設置、アイテム(公演パンフレットや芳名帳、販売グッズなど)の荷解き、ロビーのディスプレイなどが挙げられる。つまり、長テーブルや椅子が必要な箇所にはそれを配し、必要各所に該当するアイテムを配し、更には各種案内の紙を張り出したりすることをいうのである。また、立て看板を立てたり、ポスターを張りめぐらしたり、ロビー企画(例えば「写真でみるオケ30年史」など)をディスプレイしたり、印刷物(公演パンフレットなど)のミスプリントを訂正したり、他の演奏団体のチラシを公演パンフレットに挟み込んだりする作業も考えられるのである。
このほか、開場直前(開場10分前頃がよい)にはホール内のチェックがある。これは、座席の座面が倒れていたらそれを戻したり、ゴミなどが散らかっていたら始末したり、遺留品(ゲネプロ中の楽員の忘れ物が意外と多い)があったら処理したりと、その作業は単純だが数多く、しかも重要である。要は、一番乗りをした観客に、会場の新鮮さを感じさせることが必要だということなのである。
◇座席のロックアウト
全自由席の公演で、集客数が会場席数の3分の2以下が予想される場合には、座席のロックアウトをしてもよい。座席のロックアウトとは、観客には提供しない座席エリアを開場前に定めて、開場後の観客の着席を集中させることである。方法としては、フロア別にロックアウト(2階席閉め切など)するものと、座席ブロック別にロックアウトするものとがある。ブロック別の場合、立て札やロープでロックアウトを示すことになるのだが、消防条例に抵触しないようなエリア指定をする必要がある。座席のロックアウトは、予想集客数が会場座席数の半分程度以下ならば積極的に取り入れた方がよいが、しかし、どのように弁護しても非常の方法でありダサいので、主催者としては、早期に公演会場が満席になることを目指すのが先決だろう。
◇窓口
窓口業務の主なものは、当日券販売および当日座席指定である。窓口業務は、開場に先立って行われることになる。
当日券販売の準備に関しては、当日販売枚数を予測するところからはじまる。過去の公演の実績から割り出した数字に数10%乗せた数を当日券販売予想枚数とし、これを基準に準備を進めるのである。準備の主なものは、チケットの準備と釣り銭の準備が挙げられる。チケットの準備は、オケの事務局で必要枚数を揃えることになる。オケの事務局の残券でこの数字が達成できないときには、プレイガイド、楽員のチケットノルマなどからの回収を図ることになる。それでも満たないときには、臨時券を発行することになるのである。釣り銭に関しては、当日券購入者の5割前後が釣り銭を必要とする購入の仕方をしても対応できるようにしておく。当日券販売価格を上回る切りのよい数(つまり購入者が窓口で差し出す金額)を何通りか考え、それぞれの場合の釣り銭の可能性を考えるのである。
以下に、当日券販売における釣り銭準備のシミュレーションの一例を示す。
\1500→ \300→\100×3 (10件)
\2000→ \800→\100×3+\500×1 (10件)
\5000→\3800→\100×3+\500×1+\1000×3 (10件)
\10000→\8800→\100×3+\500×1+\1000×3+\5000×1 (5件)
35件 25件 15件 5件
\100硬貨→3×35=105枚(\10500)
\500硬貨→1×25= 25枚(\12500)
\1000紙幣→3×15= 45枚(\45000)
\5000紙幣→1×5= 5枚(\25000)
- 釣り銭を必要としない販売の場合
\1200→\100×2+\1000×1(30件)
\100硬貨→2×30=60枚( \6000)
\1000紙幣→1×30=30枚(\30000)
- 釣り銭を必要とする販売の場合
\1500→\500×1+\1000×1(10件)
\500硬貨→1×10=10枚( \5000)
\1000紙幣→1×10=10枚(\10000)
\2000→\1000×2(10件)
\1000紙幣→2×10=20枚(\20000)
\5000→\5000×1(10件)
\5000紙幣→1×10=10枚(\50000)
※上記の一部を釣り銭に流用できるので準備枚数を若干減らしてもよい
次に当日座席指定について述べる。当日座席指定とは、観客にホール内でバランスよく着席していただくためと、早めに来場された観客に確実な座席を確保するために行う座席指定方法である。副次的な効果としては、ホール内でバランスよく着席しているために音響バランスもやや安定すること、客席の着席状況が視覚的に美しいこと、客席中央に密集して着席するので実際以上に盛況にみえること、当日指定を受けるために観客が早めに集まることなどが挙げられる。欠点としては、座席指定の事務処理が煩(はん)さになることである。当日座席指定にしたら、そのぶん主催者側の人員も数多く必要となるし、開場から開演までの所用時間が普段の約2倍必要となるし、更には、もしも会場が満席に近い状態にならなければ、観客の側から不必要な作業だとの不満が出てくることになるのである。
もともと当日座席指定とは、座席指定の形を取りたいのだけれど、前売り段階で座席指定をすると歩留まりを見越した過剰販売ができないために考え出された、主催者側の一方的な理由による販売方法および指定方法なのである。観客に、この公演は条件のよい座席で鑑賞したいとの欲求や、ほぼ満席になることが予想されるので早めに座席を確保したいとの欲求がある時のみに有効な手段であるので、あまり一般的とはいえない。なおこの方法を取るときには、あらかじめチケットに「当日座席指定」の旨、記載しておかなければならない。
◇もぎり
「もぎり」とは、会場入り口で入場券の半券(ミシン目が入った小さい部分)を切りとって、入場資格審査をすることをいう。要するに入場受付である。もぎりには、実際にチケットをもぎる係と公演パンフレットを手渡す係の、2名が1組になって臨むことになる。作業自体は単純だが、主催者が観客にみせる最初の「顔」であるとの自覚が必要だし、作業所要時間も歩行速度に支配されるためそれなりにかかることになる。推定されるもぎりの処理速度は、分速30〜40名といったところであるが、ドアの間口やホールロビーの広さによっても若干異なってくる。予想集客数が1000名でそのうち6割が開演10分前に集中すると仮定した場合、少なくとも2カ所以上のドアでもぎりをしなければならないことがわかる。なおあらかじめ、エントランスロビーに並んでいる行列の長さで、入場しようとしている観客のおおよその数が推定できるようにしておく必要がある。そして、開演時刻までに行列のもぎり処理ができないことが予想される場合には、すみやかにその旨をステマネに報告しなければならない(開演時刻を押す可能性があるため)。
◇主催者受付
ホールロビー内に設営する主催者受付には、「招待者受付」「出演者預かり品受付」「オケグッズ販売デスク」などがある。
まず招待者受付には、楽団代表者かそれに準ずる者または代表代理など、それなりの責任を取ることのできる担当者が常駐していて、招待者への挨拶を怠らないようにしなければならない。同時に、会場内で起きた種々の問題の処理もすることになる。要するに招待者受付は、会場内での本部のような性格をも持つのである。また招待者受付では、芳名帳の記帳がある。これは招待状の場合には省略できる(招待状そのものに招待者の住所氏名などが書かれているため)のだが、招待券で入場した招待者の方には署名をしていただくことになる。案外、この芳名帳記帳には時間がかかってしまうことが多く、例えば、客足が絶えて総ての観客が会場内に入ってしまっているのに、ホールロビー内の招待者受付の処理能力が追いつかずに行列ができ、その結果開演を大幅に押さなければならない、というようなことが実際にあるのである。このような問題を起こさないためにも、準備する芳名帳の冊数を多くするとか、芳名帳記帳を割愛する方向で検討するかなどの配慮が必要である。
次の出演者預かり品受付とは、いわゆる「差し入れ」の受付である。アマオケの場合には観客のうちの大きな部分を、いわゆる楽員の知人たちが占めることになる。そしてこのような縁故観客のなかには、知人としての楽員宛てに花束やプレゼントを届けてくださる方がおられる。これはアマオケの楽員にとってまことに嬉しい話で、ある意味では、演奏から得られる充実感とはまた別の、オケ活動をしていてほんとうによかったと実感できる、貴重なところなのである。しかし、この出演者預かり品受付においては、しばしばエラーが起こることがあるのである。それは、差出人不明の品物であったり、宛先不明の品物であったり、差出人と宛先は判明しているが品物が行方不明であったりするのである。これは、差し入れという行為は公演全体からみればあくまでも(主ではなく)従の立場なので、受付担当者などの配慮が無意識のうちに欠けてしまうことと、やはり同じ理由からシステムが充実していないことによるのである。解決策としてはシステムの充実を図るのがいちばんである。方法としては次の通りである。差出人の方には、まずノート(台帳)に「差出人氏名、宛先氏名、点数」を記帳していただき、その上でメッセージカード(あらかじめ受付で「差出人氏名、宛先氏名、ひとこと」の欄のある名刺大のカードを準備しておく)にも記載していただき、そののち差し入れの品物を受け付けて、なおかつ差出人の許可を得てメッセージカードを品物にテープ(画材のマスキングテープだと、多少の衝撃でもはがれにくく、そのくせ必要なときにははがしやすい)で貼りつけるのである。ただしこの方法は、受付1件あたりの所要時間がかかるため、差し入れが殺到することが予想される場合には、受付を増設するなどの対処をしないと、行列ができる恐れがある。なお、この出演者預かり品受付は、控えめに設営する必要がある。その理由としては、前述のとおり差し入れ行為は、公演全体からみればあくまでも従であることと、差し入れを持参しなかった縁故観客に無用の気遣いをさせないためということが挙げられる。そのためには、ホールロビーの片隅にこの受付を設営(クロークを利用しない場合には、利用してもよい)し、その上で、差し入れの品物が他の観客の目に触れないようにする(衝立の陰に品物を保管する)などの配慮が必要なのである。
最後にオケグッズ販売デスクについて述べる。オケグッズとはオケで企画制作した物品のことを指すが、代表的なものにCD、Tシャツ、トレーナー、ステッカーシールなどが挙げられる。さてアマオケは営利団体ではないのだから、販売とはいっても、ここでは実費販売かそれに類するものとなる。だからほとんどの場合、販売の主たる目的は利潤追求にはなく、オケの認知効果を期待してのものなのである。販売ノウハウは、当日券販売に準ずるものとする。このほか予約販売の受付(申し込みと予約金の受領)もこのデスクで行うものとする。
◇クローク
クロークとは、観客のオーバーコートや手荷物の一時預かり所のことである。特に冬場は、多くの観客に厚手のコートなどをホール内に持ち込まれた場合には、まずまちがいなく演奏(音響)効果の妨げとなるので、ほんとうは欲しい施設なのである。ただしクローク担当者が会場職員である場合を除いては、クローク施設を開設しない方がよい。その理由は、素人が担当すると紛失の恐れがあるからである。
◇ドアキーパーおよびドアロックについて
公演の開場に先立って、ホールのドア(会場扉)はオープン状態でロックしておく。そして開演前の1ベルののち、会場ロビー入り口と化粧室に近い扉を除く総てのドアを、ドアキーパーはすみやかに閉鎖しなければならない。更にはロビーにいる観客に対しては「まもなく開演でございます。早めに席にお付きください」などと(肉声で)アナウンスして、観客がホール内座席に付くことを促す。そして開演を告げる本ベルののち、総てのドアを閉鎖する(遅れてきた観客が、閉鎖されたドアを自分で開けて入場する分については、チューニング終了前までは黙認する)。 さて演奏中は、総てのドアを(クローズ)ロック扱いとする。そして、演奏がはじまってから来場した観客に対しては「まことに申し訳ございませんが、ただいま演奏中でございますので、入場はご遠慮ください」などと伝え、モニター設備のある会場ならばそちらを案内し、その上で「ご入場いただけるようになりましたら、あらためてご案内させていただきます」などと伝える。そして、演奏が終了したら(拍手の中)すみやかに会場内へと案内するのである。なお、楽章の間に観客を入場させるかどうかについては、あらかじめフロントマネージャーがステマネを通して指揮者に問い合わせをしておかなければならない。また2階席などへの入場が、公演の妨げになりにくいと判断される場合には、演奏中の入場の可否についても同様に問い合わせる。なお、途中入場の観客に利用させるドアの付近の座席については、開演まではロックアウト扱いにしておき、開演後に(途中入場の観客用に)ロックアウト解除にしておくと、実際の途中入場の際、混乱を避けることができるのである(途中入場の観客が空席を見つけて着席するまでには、かなりの時間を要する。特に、楽章間の入場の際には注意が必要)。
もしも公演が全席指定席扱いの場合には、ドアキーパーが座席案内係を兼務し、開場から開演までは座席の問い合わせに関する案内を、開演後は座席案内(演奏中に、観客を指定の座席まですみやかにかつ静かに誘導すること)をすることになる。なお座席案内は、客席の照明が暗転した後におこなわれるので、案内している観客の足元をペンライトで照らすなどの心配りが必要である。
◇事務処理
公演が進み最終プログラムを演奏しているときに、フロントスタッフは最終的な事務処理をしなければならない。最終的な事務処理には、当日入場券の売上の計算(窓口)、入場者数(チケット半券)の集計、アンケートを実施している場合にはアンケート用紙回収容器の設置、各受付デスクの閉鎖、事務書類等の荷造りなどが挙げられる。とにかく、終演後にも必要な部署意外は総て、最終プログラム演奏中に静かにバラすのである。このとき、集計したデータ(最終入場者数など)はステマネまで報告し、持ち帰るために荷造りした書類および器財等は楽屋などに運び込んでおくのだが、この運搬の際に舞台袖を通らないと館内移動ができないときには、一旦館外に出てから楽屋口にまわるなどの配慮が必要である(演奏の妨げにならないようにするため)。
◇フロント(ロビー)マネージャー
ロビーマネージャーは、観客の流れの判断と観客への応対(代表活動を含む)、更にはフロントスタッフの人員管理がその主な仕事となる。判断のなかでも重要なのが、客足(きゃくあし)の判断である。客足とは、観客の公演への来場状況をいう。例えば、「客足が続いている」とは観客がどんどん来場し続けている状況を指し、「客足が途絶えた」とは観客の来場がほぼ止まった状況を指す。ロビーマネージャーはこの刻々変化する客足を観察判断し、開場を数分早めたり(エントランスロビーに開場を待つ観客があふれたとき)、開場を数分遅らせたり(入場受付にある程度の行列を作ることにより期待度を高めるとき)、開演を押したり(客足が途絶えていないとき)することをステマネに要請し、最終的にステマネの指示を受けて実行することになる。このほかの判断としては、全自由席の公演で歩留まり予想を誤り収容人員をオーバーする観客が来場したとき、入場を停止した上での払い戻しを決断することなどが挙げられる。
開場してからの定位置は、招待者受付の主催者本部になる。来賓や招待者への挨拶など代表(代理)活動のかたわら、観客の目に触れにくいところで、こまめにステマネと連絡をとったり、フロントスタッフに指示を出したりすることになる。
フロントスタッフの人員管理としては、進行状況に合わせての配置転換などがある。これは、比較的暇な部署から手薄な部署へ配転することとか、各受付担当者を開演まぎわにドアキーパーに配転することなどを指す。
なおロビーマネージャーは、それなりにフォーマルな服装をせねばならないといえるだろう。
◇フロントスタッフの要員数
フロントスタッフの要員とその数の一例を示す。
◇その他
フロントスタッフは主催者側で唯一、観客と密接にかかわるスタッフである。だから、その接客態度の影響力には極めて大きいものがある。
ふつう観客にとってクラシックの公演とは、一般に、フォーマルなものとの認識がある。フロントスタッフは、このフォーマルさの演出に努めなければならないのである。それは接客時の言葉遣いであり、立ち居振る舞いであるといえる。また、この演出上の問題のほか、識別しやすいという点からも、スタッフのユニフォーム化を検討してもよいだろう(同色系のジャケットを着用する程度でよい)。
なおフロントスタッフのなかから、花束嬢を出す場合もある。
楽屋スタッフは、必要不可欠なものではない。例えば、舞台と楽屋が至近距離にある(たいていの会場はそうである)場合にはステージスタッフが代行業務をしたり、そうでない場合には館内アナウンスで進行管理をしたり、あるいは出演者の自主性にゆだねたりすることができるからである。しかし人員が割ける場合には、やはり楽屋スタッフを設置した方がよいといえるだろう。
◇楽屋割(がくやわり)
主催者が公演会場に器財を搬入するとき、同時に楽屋スタッフは楽屋割をして、出演者の楽屋入りに備えなければならない。楽屋割とは、借用した楽屋を各出演者別に割り当てることをいう。常識的には、指揮者用、ソリスト用、男性楽員用、女性楽員用が、最低必要である。余裕がある場合には、男性(プロ)エキストラ用、女性(プロ)エキストラ用を、更に余裕があるならば、主催者本部を設置したりセクション別の楽屋割をしてもよい。楽屋割決定のポイントは、楽屋の広さとそこを使用する出演者の人数をおおむね比例させること、施設が充実している部屋から順番に上級出演者に割り当てることなどである。特にソリストなどが女性の場合には、メイクや着付けのしやすい楽屋を割り当てることが必要になってくるのである。また和室の楽屋は使用者によって好みが別れるので、注意が必要。
◇楽屋の準備ディスプレイ
さて楽屋割が決定したら、各楽屋の前(表札などの設備がある場合にはそこに、そうでない場合はドア表面)に、例えば「ソリスト控え室」だとか「○○様」などの表示をし、更には、楽屋入り口付近の楽員の目にとまりやすいところに、楽屋割一覧表を表示する必要がある。
次に各楽屋の準備となる。準備には、出演者の楽屋入りの前に空調のスイッチをオンにしておくこと(意外に忘れやすく、ゲストを冷えきった楽屋に案内してしまうことがある)、ケータリングセット(後述)を配備すること、公演パンフレットを(その楽屋を)使用する人数分以上の冊数置いておくこと、更には、ゲストには感謝の意味を込めて小さな花束とかメッセージカードを置いておくことなどが挙げられる。なお出演者の楽屋入り直前には、楽屋の電灯をつけておく方がよいだろう。
◇ケータリング
ケータリングとは、湯茶等のふるまいをいう。
楽屋スタッフのうちケータリング担当者は、会場入りをしたらただちに給湯室におもむき、給湯設備の機能に応じ給湯タンクの清浄などをした上で、たっぷりのお湯を沸かしておく。ケータリング部門で扱う飲物その他には、緑茶(茶葉およびティーバッグ)、コーヒー(レギュラーまたはインスタント)&ミルク(粉末など)・砂糖、紅茶(ティーバッグ)、清涼飲料水(ウーロン茶や炭酸飲料などのペットボトル)などの飲物や、クッキーその他のお菓子類が代表的なものとして挙げられるが、実際には公演総予算から割くことのできる予算に応じて定めればよいだろう。
まずゲストの個室楽屋にはケータリングセットを配備する。ケータリングセットとは、お湯の入った保温ポット、急須(使用する人数に合わせた大きさのもの)、湯呑み、茶托、茶葉、コーヒーカップのセット、スプーン、お菓子などの入った小皿、ナプキンなどをのせたお盆(喫煙者には灰皿も)のことをいう。
次に大部屋(男性楽員用楽屋や女性楽員用楽屋など)には、セルフサービスのケータリングコーナーを設ける。これは、楽屋内に設置したテーブルの上に、あらかじめ準備した飲物等を置いておき、楽員各自が簡単に飲物を手にすることができる状況をつくることをいうのだが、このとき、多少経費がかかるが紙コップとサインペンを準備しておき、容器(紙コップ)の重複使用(紙コップには使用者の名前を各自サインペンで記載)を励行すると、バラしのときに(備品の湯呑みを大量に洗浄する)手間が省けて効率がよい。
◇お弁当
ゲネプロと本番の間にお弁当を支給することがある。このとき、お弁当の納品時刻をゲネプロ終了時刻に合わせて発注することが多いが、これには一考を要する。もちろんこれには、できるだけ(できたての)温かいお弁当を支給したいとの配慮は認められるが、出演者によってゲネプロの「あがり(時間拘束が終わること)」の時刻が全体のゲネプロ終了時刻と同じではなく、その点において、有効に時間を使うことができない出演者でてくるという問題が発生するからなのである。特に協奏曲のソリストの場合、例えばゲネプロ前半にソロ合わせが終わり、ゲネプロ終了直後にはステージ上でさらいたいとの希望を持ち、更に、本番直前の食事は避けたいとの希望を持つことが多いのだが、このとき早々とお弁当が届いていたならば、これらの希望が総てかなえられるのである。要するに、出演者総てが本番に向けて有効に時間を使えるようにすることが、お弁当支給における配慮の最大のポイントであり、温かいお弁当というのは配慮の副次的なポイントでしかないのである。
◇付き人
付き人とは、指揮者やソリストなどゲストの身の回りの世話する楽屋スタッフのことをいう。
この付き人は、本番当日という音楽家の精神状態がいちばんデリケートなときに、これらの(音楽家である)ゲストに接することになるので、何をさておいても、ゆきとどいた細かな配慮が望まれるのである。要するに付き人は、行動の上ではゲストの有効な手足とならなければならないのである。そしてその行動は総て、ゲストにとってプラスとならなければならないし、その存在は総て、ゲストの精神状態に調和する自然なものでなければならないのである。重ねていうが付き人は、常にゲストの立場で深くものごとを捉え、考え、行動し、そしてゲストとは、極めて人間的につき合うことが大切なのである。
まず付き人は、担当するゲストに対して自己紹介をせねばならない。例えば「おはようございます。私が本日、先生のお世話をさせていただきます、○○○○と申します。どうぞよろしくお願いいたします。何かご用がございましたら、どんなことでもお申しつけください」など。なお、これらゲストとの会話の際には、必ず相手の目を見て話すことが肝要である。
さてスケジュールの進行とともに、付き人は所定の業務をこなしていかなければならないが、このとき、所定のマニュアルどおりの行動だけではなく、例えば最後に「何かほかにご用はございませんか」などとと問いかける柔軟さが要求されるのである。またゲストの楽屋を(ゲストが)在室中に訪れる際には、必ずノックをした上で入室の許可を求めることが重要である。そして、入室してからは効率よく行動し、楽屋内での業務に要する時間は最小限にとどめることなのである。要するに、なるべくゲストの楽屋には長居をしないで、ゲストをひとりきり(つまり、ゲストが他人に対して気を遣う必要がない状態)にすることが肝要なのである。
さて、付き人の業務内容について述べることとする。
付き人の基本業務には、ゲストが楽屋に戻ってくる度ごとにおしぼりを差し出し、お茶汲みをすることが挙げられる。このとき注意を要するのは、まず、おしぼりの提供についてである。ときに、水も滴(したた)る極めてウェットなおしぼりがでてくるが、とにかく温おしぼりであれ冷おしぼりであれ、硬くしぼることが基本であり常識である。注意を要する次の点は、飲物の提供についてである。これは、基本的にお茶を提供するという形でよいだろうが、ときには別の飲物の方がよい場合もある。あらかじめゲストに質問しておくとよい。更にお茶の煎(い)れ方にも問題がある。例えば「ほとんど味のない色が薄くついただけのお湯ならば、ただの白湯(さゆ)の方がなんぼかマシだ」ということなのである。
付き人の付帯業務としては、ゲストの雑用係というものがある。可能な限りゲストの要望に応え、例えば館外へのお使いなどもこなすべきだといえるだろう。
さて、ゲストがステージ上で演奏しているなどゲストの楽屋不在時に、付き人が楽屋に入室することがある。それは、例えば湯呑みなどの食器洗いのためであったり、お弁当を届けるためであったりするのだが、このとき注意を要するのは、ゲストが女性の場合に決して男性スタッフが入室してはならない、という点なのである。それは、楽屋というものはゲストにとってプライベートな空間であり、彼らがくつろぐことのできる唯一の場所であるため、ときにゲストは(他人には見られたくない)私的な空間を創造している場合があるからなのである。
このほか、ゲストが女性の場合には、出演前に付き人が着付けの手伝いをすることがある(この点でも、女性ゲストには女性の付き人がつく方がよいといえるのである)。また、ゲストが演奏を終えてオフステージをしてくる際に、舞台袖でおしぼりを差し出すとよろこばれるのである。
最後に、付き人のスタンバイの位置についてだが、これはゲストの楽屋のドアの斜め前、楽屋廊下の反対側に、パイプ椅子などを置いて座っているのがよいだろう。そしてこのとき、暇つぶしの雑誌などに目を通している方がよいのである。実は、自分の付き人が自分のことを一所懸命待っているということは、ゲストにとって大きな精神的負担になるのである。そこで付き人は、番犬の如くドアのすぐ横にスタンバるのではなく、呼べば応えられる範囲のなかで距離をおいた位置にスタンバるのである。また雑誌などを読むのも、ゲストには(雑誌などを読む)ついでに待っているという姿勢をみせるためなのである(ただし夢中になって雑誌に読みふけったりしてはいけない)。
◇その他
楽屋スタッフにとっては、ゲストなど出演者の役にたつことよりも、決して彼らの邪魔にはならないことの方が、更に重要なことなのである。つまり、ひとつひとつの業務をこなすよりも、存在の気配を殺すことの方が重要だというわけである。いずれにせよ楽屋スタッフにとっての基本は、出演者のストレスをためない方向で出演者のためになることをするサービス業務である、との認識に基づいた行動である。
また楽屋スタッフは、花束嬢の兼務をすることがある。この場合には、服装に気をつけることになる。またこのほか、楽屋スタッフのなかから(ボスとしてではなく他の部署との連絡担当者としての)楽屋マネージャーを選任しておくとよい。
公演スタッフには、各部署のマネージャー同士の緊密な連絡が求められている。それは、公演全体がスムーズな流れのなかでとりおこなわれるためなのである。このためのスタッフ用アイテムとして、トランシーバーやストップウォッチ(各マネージャー用に各3台ずつ)が挙げられるのである。
さてこれらマネージャーのうち、指令形態の上ではステマネが最高責任者であり、ロビーマネージャーがこれに次ぐことになる。またこれら公演スタッフは、公演の最高最終責任者である指揮者の支配下にあるともいえるのである。
また、ステマネやロビーマネージャーは、原則として所定の場所を動かないことが求められる。それは、何らかの不測の事態が訪れた際、各部署の最高責任者である彼らの所在を、八方手をつくして捜すという時間的なロスを、最小限にとどめるための工夫なのである。
さて、ゲネプロ終了後本番までに食事をとる場合がある。このとき、楽員等出演者がレストランなど館外で食事を済ませていても、公演スタッフに関しては、あくまでも館内において、例えばお弁当などで食事を済ませていることが多い。これは、ゲネプロと本番の間の時間は楽員にとっての休憩時間であるが、公演スタッフにとってはそうではなく、この間の食事はあくまでもオンタイム中の食事なのであり、だから持ち場を離れないために弁当などを用いて館内で食事をしているというわけなのである。
また主催者が、会場のスタッフ(ホール職員)にお弁当を届けたりするのは、決して「つけとどけ」だとか「差し入れ」だとかの意味ではなく、職員として食事休憩をとる正当な権利を放棄していただき、その上で(オケのために)館内でスタンバってもらうための、保証のようなものなのである。
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